Tuesday, June 19, 2007

自信をつけるには

みなさんが、アスリートとして是非持っていたいものは何でしょうか?もしみなさんがコーチをしているなら、これから試合に送り出すアスリートに持っていてほしいものは何でしょうか?そのひとつは「自信」ではないでしょうか。スポーツ心理学の世界で柱となる理論の1つに、Self-Efficacyの理論というのがあります。今回は、Albert Banduraという心理学者が提唱したこの理論を少し説明してみましょう。

Self-Efficacyと聞くと、かなり馴染みの薄い英単語に聞こえてしまいますが、ここはひとまず「自信」でかたづけておきましょう。まず、このSelf-Efficacyを高めるための4つの要素を紹介します。

  1. Past Performance(過去の体験)
  2. Vicarious Experience(代理的経験)
  3. Verbal Persuasion(口頭による説得)
  4. Physiological State(生理的状態)
まず、最初の過去の体験というのは、過去の成功体験を指します。これは「私は以前に◯◯が出来たから」という過去の成功に基づいて、自信が高まるという非常にシンプルな理屈です。次に、代理的経験というとわかりにくいですが、みなさんも自分がこれから何かをやろうという時に、他人が同じ課題をうまくやっているところを見て「自分も出来る、自分も出来そうだ」と思ったことがあるかと思います。Modelingと言えば、もう少しわかりやすいでしょうか。この他者というのも、なるべく身体的特徴、技術レベル、などが似ている人の方が効果的です。もう少し具体的な例を紹介しますと、野茂選手が1995年にメジャーリーグで投げて以来、多くの日本人がメジャーリーグに挑戦するようになりました。その大きな原因の1つは「同じ日本人の野茂選手があれだけやれたんだから、自分も出来るのではないか」と選手が思い始めたことにあると思います。次に、口頭による説得ですが、他者から「オマエは出来る、成功する」と言わることです。この説得は他者からに限らず、自分で自分に話しかけるSelf-Talkでのアプローチも効果的です。最後に生理的状態というは、いわゆる体の内面の状態のことです。例えば肉体的に疲れているときより、体がリラックスしていたり、心が落ち着いていたり、思考も安定している状態の方が、物事うまくいくように感じられますよね。

さて、このように自信が高まったアスリートは、思考、行動、感情などの面で変化が見られます。まず、自信が高まれば、自分の能力や状況についてポジティブに捉えられます。モチベーションもだいぶ変わってきます。自信が高まったアスリートはより難しいことに挑戦しようと思えます。そして、その課題をクリアするために努力をするようになり、その努力も根気よく続けるようになります。自信が高まれば、自分の成功は自分の実力があるからだ、努力をしてきたからだと捉えられるようになり成功体験によってますますモチベーションが高まりますが、自信があまりないアスリートは自分の成功を運がよかったからだとか、相手がミスをしたからだ、と捉えるようになり、成功体験をしてもなかなか行動に変化が現れません。自信が高まれば、もちろん感情も安定してきますし、また何かに挑戦しようという気力も芽生えます。こうして、自信が高まることで思考、行動、感情の面に変化が起これば、パフォーマンスにもいい影響を及ぼすことが期待出来ますね。

さて、理論はわかったけど、実際どうやってこの理論を使えばいいの?という疑問がわいてくる頃でしょうか。ここからが理論に基づいたメンタルトレーニングを出来るかどうかの腕の見せ所です。まずは効果的な思考法を身につけましょう。この理論の一番大きな柱である「過去の成功」を体験するためには、ゴールを設定することが有効でしょう。それも、結果ではなくてプロセスに着目したゴールです。なぜならプロセスというのは結果に比べて、自分の努力次第で改善することが出来るからです。つまり自分のコントロールの及ぶ範囲だということです。例えばバッティング練習で10球のうち7球ヒットを打とう(結果)、というのと7球芯に当てよう(プロセス)というのではどこが違うでしょう?ヒットというのは、仮にいい当たりを打っても野手に捕られてしまってはなりません。つまり、目標未達になってしまいます。それでは、せっかくいい当たりをしてるのに、自信を高めることが出来なくなってしまいます。しかし、「バットの芯に当てる」というプロセスに注目することによって、外的要素(野手など)に影響されることが少なくなり、自分のパフォーマンスの精度の向上→目標達成→自信の向上ということになるわけです。

次に、自分の中で試合で行うパフォーマンスについてのリハーサルを充分にしておきましょう。つまり、自分の中で試合と全く同じ(または限りなくそれに近い)状況で「成功」を体験することで、試合での自信が高められるということです。実際、練習メニューをいかに実践に近い状況で出来るかっていうことも大きな鍵でしょう。ここテネシー大学のフットボール部の練習で、スタジアムの歓声の音を練習中にスピーカーから流しているのを見たことがあります。彼らは本番では10万人の観客の前で試合をしなければいけません。こうした準備が、本当に「試合のため」の準備だと思います。イメージトレーニングも有効な手段です。これは、自分が試合で発揮したいパフォーマンスを繰り返しイメージすることによって、「試合での成功体験」を身近に体験することが出来ます。過去に実際に成功したシーンを思い返してイメージするのもいいでしょうし、これから成功するところをイメージするのもいいでしょう。いずれにしても試合を前に「成功」をイメージしておくことは、Self-Efficacyの理論の中での「過去の成功体験」を満たすことになりますし。イメージの中で「オレは必ず成功する」というSelf-Talkも織り交ぜていけば「口頭による説得」も使うことが出来ますし、自分の成功する姿をイメージすることはもちろん「Modeling」にもなるし、成功体験をイメージすることによって「生理的状態」もよくなります。というわけで、イメージトレーニングというのはメンタルトレーニングの中でも代表的なスキルと言うわけです。

最後にModelingの効果についてもう少し書きます。Modelingの中には、他者を取り込む外的なものと、自分の姿を取り込む内的なものがあります。他者を取り込むものとしては、先ほど、自分と似た他者のパフォーマンスを見ることで自分の可能性についての自信を高めるものと言いましたが、何もパフォーマンスだけに限りません。態度や行動というのもModelingの対象になります。例えば、試合を前にして、または試合中に、監督やコーチが妙にそわそわしているのと、堂々とベンチに座っているのとでは、選手に与える影響に違いが出ます。つまり監督やコーチが堂々と自信を持って振る舞えば、その態度や行動は必ず選手に伝わるというものです。それから、自分の姿を取り込むSelf-Modelingについては、ビデオを使うのも有効な手段です。過去の成功している自分の映像を見ることによって、その時のパフォーマンス、自信がみなぎっている振る舞いが、自信を高めるのに役立つでしょう。また、ケガをしている選手が、どうしても以前のようなパフォーマンスが出来ず行き詰まっていたとします。もちろんケガの回復状況にもよりますが、過去の成功したパフォーマンスを見ることで、ケガの再発への恐怖などからもう一歩踏み出せずにいる状況から抜け出せるかもしれません。最後に、自分の中で成功へのストーリーを描くことも有効な手段です。「自分は◯◯だから成功する」というストーリーを自分の中でリアルに描いてみることもSelf-Modelingの中の1つです。

今回は、スポーツ心理学の中のSelf-Efficacyの理論と、それを応用したメンタルトレーニングの一例を書いてみました。これを読んでいただいたみなさんが、メンタルトレーニングというのは、スポーツ心理学という学問の中で構築された理論をベースに、それぞれの環境でスポーツに携わっているみなさんがクリエイティブに使えるものなんだと実感してもらえれば本望です。

みなさんはどうやって「自信」を手に入れますか?

Friday, June 01, 2007

チームの結束

長らくご無沙汰してしまいましたが、さりげなくブログを再開したいと思います 笑。今回はスポーツ、またはスポーツ心理学の中でも理屈のありそうな、なさそうな「チームワーク」について書きたいと思います。みなさんはチームワークについてどんなイメージ、感想を持っているでしょうか?よく、「このチームはチームワークがよかったので勝てた」とか聞く一方で、「チームワークが良けりゃ、勝てるのか?」などといった疑問もあると思います。さてさて、議論のしどころはたくさんあると思いますが、まず今回はスポーツ心理学のリサーチを1つ、それから自分の体験を1つ紹介したいと思います。

リサーチの出典は以下の通りです。
Holt, N.L., & Dunn, J.G.H. (2006). Guidelines for delivering personal-disclosure mutual-sharing team building interventions. The Sport Psychologist, 20, 348-367.

まずリサーチの概要ですが、このリサーチはカナダの女子サッカーチームを対象にPersonal-Disclosure Mutual-sharing (以下、PDMS)という、各々の選手が自己開示を行ってそれをチーム全体で共有するというグループセッションが 行われて、その経験を各選手にインタビューしたことをもとにまとめられました。チームのレベルとしては、何人かの選手は国際大会にも出場するような、非常に高いレベルで、実際このチームもカナダの全国大会に出場していました。このチームにはシーズン開始から4ヶ月間、スポーツ心理学コンサルタント(以下、SPC)が帯同していて、チームミーティングやら、必要に応じて個人個人にコンサルティングを行っていました。全国大会の2週間前のあるチームミーティングの日に、SPCから以下の設問について自分自身の思いを書いてくるよう宿題が出ました。

  • なぜ、自分はサッカーをするのか?
  • 誰のためにプレーするのか?
  • 全国大会において、自分はこのチームに何が出来るか?
さて、PDMSのセッションは、全国大会の準決勝の前日の夜に行われました。セッションでは22人の選手全員、2人のコーチ、トレーナーとSPCが参加して、皆が輪になるように席に着きました。ミーティングに先立って、SPCから参加者全員に、先の3つの質問に対して、自分の正直な気持ちを話すよう念を押され、「このミーティングがあなたにとって意義のあるものになれば、それは他のメンバーにも有意義なものになります」と、このミーティングの主旨である「自己開示」と「相互理解」について、再確認されました。

SPC自身のこの3つの問いへの「自己開示」から始まったこのPDMSセッションは、とても大きな効果を選手達にもたらしました。多くの選手が、激しく感情的になり、涙を流すものまで出て来ました。ある選手は「今まで人生で経験した事のないような素晴らしい体験だった」と述べ、他の選手は「今後何十年先もずっと忘れないだろう」と述べました。また、多くの選手は、これまで共に過ごして来たチームメートの知られざる一面を見る事が出来た、そしてそれがパフォーマンスにもいい影響を及ぼした、と言っています。面白い事に、何人かの選手は、選手として、また人間としての自己理解をも深まったと述べています。

さらに、多くの選手がこのPDMSセッションを機にチームの結びつきが深まったと感じました。そして、「自分自身のため」だけではなく、「チームメートのため」に戦うんだという意識が高まった、と言っています。実際、「チームのために自分の足が折れようが、タックルに向かう」という表現を使っている選手までいました。何人かの選手は、このセッションを境にチームとしての自信が深まり、勝利を確信するまでに至りました。「勝つのは自分たちだ!」「誰が自分たちを止められるんだ?」といった心境だったと述べています。また、自分自身への自信が深まったと感じた選手達もいました。


さて、次に自分の体験からですが、今学期Group Dynamicsというグループカウンセリングのクラスで面白い体験をしました。そのクラスは週1回、3時間で、4ヶ月間続きました。クラスには20人弱の生徒がいて、毎週、授業の後半の1時間は3つの小グループに分かれてのセッションがありました。各グループには博士課程のカウンセリングの生徒がグループリーダーとして、毎回参加していました。自分のグループには、女性5人、男性2人で、留学生は自分を入れて2人で、国籍、人種、文化、生活習慣、価値観の全く違う生徒が集まりました。セッションはたいてい、「この一週間何があったか?」といったものから、何かお題を決めて話したりしました。最初の頃は、グループ全体がぎこちなく、張りつめた雰囲気で、会話も表面的で、正直、苦痛に思う事もありました。しばらくこうした状態が続きましたが、次第に家族のことや、過去の出来事などを話すようになって少しずつ感情表現をするようになりました。ある日、「どんな話題について話してもいい」というテーマで各自話すことになりました。面白いことに、学期末の時にメンバーみんなでこのセッションの感想を1人ずつ話した時に、何人かのメンバーが「この日がターニングポイントだった」と言ったのですが、1人の女の子が自分の仲の良い男の子の気持ちがはっきりよくわからない、みたいなことを言い出しました。思わせぶりをしているような、そうでないような、という状態が続いているとのことで、最後には「何で男はいつもこうなの!」と感情を露にしました。彼女は明るい性格だったので、この話をしている時も怒っているというよりは、ちょっと面白おかしく話してたので、そこからみんなの議論が活発になり、一気に女性vs男性という構図が生まれました。この出来事の後に、グループの一体感が劇的に変わったということにはなりませんでしたが、このグループへの思い、愛着といったものが、各々何となく芽生えたような感じになりました。グループメンバーは、より自分の内面を話すようになりましたし、家族の問題、養子としての体験など、ネガティブに聞こえる体験なども話すようになり、メンバーの誰かが涙を流すといったこともありました。

この体験は、共通のゴールに向かって時間を共有する、というスポーツ現場のそれとは明らかに違うものです。このグループでは、何一つゴールは設定されず、このセッションの意図すら明らかにされませんでした。ですが、バックグランドの様々な人間が、週に1回という限られた時間を共有して、自己開示を繰り返していくうちに、何となくグループへの愛着、安心感、自己発見、他のグループメンバーへの思いなどが芽生えて来たのです。

ちなみに、グループリーダーは、いわゆるグループを一定方向に導こうとするリーダーシップとは少し違う役割で、このセッションでは、「ファシリテーター(facilitator)」という役割でした。メンバーに比較的自由に発言させて、その言動や、それに対するグループの流れ、各メンバーの反応などを観察する立場の人です。基本的には、メンバーが自ら発言するのを待ったり、仕草や反応を観察して、その人が自分の内面を出せるような環境を作る働きをしました。例えば「今日はお互いが、より踏み込んだ質問をしましょう」などとテーマを決めたこともありました。もし、積極的に発言していない人がいたら、「今日はどうしたの?」とか「何か感想はある?」といった質問をして、その人が自ら発言をするのを待ちます。そして、毎回「お題」についてはファシリテーター自らも話をしました。例えば「今週起こったいいこと、悪いこと」などと言ったお題の時は、ファシリテーターも自ら自分にどんなことが起きて、何を感じたかなどを他のメンバーと同じように話しました。ちなみに、学期が終わった後、このファシリテーター曰く、他の2つの小グループでは、このグループほどの一体感は生まれなかったそうです。実際このグループは、みんなで打ち上げをしようか、という話が持ち上がったほどでした。

自分自身の感想としては、このメンバーは今後マメに連絡をとりあう友達か、と聞かれたら、そこまでではないかもしれません。でも、お互い過去や現在の悩みや喜びを話し、自分をさらけ出して、時には声をかけあった、このグループに対してはクラス内の他のメンバーとは違う結びつきを感じたものです。実際、自分はこのグループの中の1人と、大学のスポーツの試合を見に行ったり、その生徒の卒業パーティーに顔を出したりといった仲になりました。他のメン バーからは、自分が抱えたトラブルについて自分以上に怒りを露にしてくれたことで、気持ちが楽になりました。文化の違いや、他のグループメンバーの言動、ファシリテー ターの真摯な態度を見ることで、いろいろ学んだ機会にもなりました。中でも、他者を観察すること、自分の心の変化に目を配ること、という「人」を相手に仕事をする人間、家族と一緒に生活する人間として、とても大切な行動習慣を改めて学んだという機会になりました。



さて、みなさんもスポーツチーム、スポーツ以外のグループの中で、一体感、愛着、他人への思い、自己発見といったポジティブなものから、争い、対立といったネガティブなものなど様々な体験をしたことがあると思います。チーム内の個人個人の言動が、チーム全体の流れに影響を及ぼし、またチーム全体の変化が個人個人の感情や心境に影響を及ぼす、そんな体験をしたことがあるかと思います。チームの結束が深まった、または弱まった体験、リーダーシップ論などなど、お待ちしております。