Sunday, June 25, 2006

メンタルは万能か?

メンタルの重要性について書くはずのブログにのっけから懐疑的なタイトルで恐縮だが、少し考えてみてほしい。例えばスポーツで、相手とパフォーマンスを競う場面で、メンタルは大切なのはもちろんだが、勝負の結果は全てメンタルに起因するのか?「メンタルの差が出ました」とか「メンタルの弱さが原因です」というのは、敗者の弁としてよく耳にするフレーズである。では、果たして本当にそのコメントは的を得ているのか?

次に、以下の問いについて考えてみてほしい。「マイケルジョーダンはなぜメジャーリーガーになれなかったのか?」この問いに対して、彼は競争の激しいマイナーリーグを勝ち抜くだけの精神力がなかった、というのは適切な答えだろうか?間違いではないかもしれない。バスケットでは数々の場面で、強靭な精神力を見せた彼も野球においては、その精神力を発揮出来なかったという答えもある意味成り立つかもしれない。フィジカル面でも、パワーについては、野球選手としてどの程度だったかはよくわからないが、彼の運動能力は申し分なかったであろう。では、一番の原因は?それは、野球の技術が不十分だったから、であろう。まあ、彼は1シーズンしかプロ野球生活を送っていないので、結論を出すには無理がある議論ではあるのだが。

ここで自分が好きな著書の一つである「新インナーゲーム」(日刊スポーツ出版社)からプロゴルファーの青木功さんのコメントを引用したい。
『ゴルフはメンタルなスポーツだと言うが、賛成できかねる部分もある。だいたい、「心技体」というのは、自分は嘘だと思う。「イメージトレーニングのおかげで勝てました」などと発言する若手に限って、次の週からは元の木阿弥になることが多い。大事なのは、やっぱり体だ。重要な順番から言えば、「体技心」ではないかと思う。』
このコメントは誰もが抱いているゴルフというスポーツについてのイメージを覆すものかもしれないが、彼が言わんとしていることは、本当にプロゴルファーとして生き抜くためには、技術を身につけるのはもちろんのことだが、プロゴルファーはそれを1試合だけ出せばいいというものではなく、1年を通じて、しかもそれを毎シーズン出し続けなければいけない。安定して自分の技術を発揮するためには、それだけの反復練習をしなければいけないし、シーズン中のコンディションも整えなければいけない、ということから肉体的な強さが最初に来るべきだ、ということではないだろうか。

つまり先ほどのジョーダンの例や青木選手のコメントから言えるのは、パフォーマンスを競う場面において、メンタルが勝負を分けるというのは、あくまで技術や体力が互角である、または差があるとしても太刀打ちできるほどの差であるという場面においてだということである。そういった意味では、ごく最近の例を持ち出すとすれば、サッカー日本代表のワールドカップでの結果は、メンタルが原因とは言い切れないと思う。もちろん本来の実力を出し切れなかったことはメンタルに起因するものだとも言えなくはないけれど、日本代表の3試合と、他国の試合をざっと見比べた場合、90分間の運動量や、ボールのキープ力、パスの精度、などなどが決勝トーナメントに出るチームからは見劣りしてたのではないかと感じた(これに関してはサッカーに詳しい人からのコメントが欲しいところです)。

続いては、トリノオリンピックからスピードスケートの岡崎朋美選手の例。彼女は500Mで銅メダルに0.05秒足りずに4位に終わっている(500Mは2回のレースのタイムの合計で争われる)。これに対しての彼女のコメントが『1本目で4位の任慧のタイムを引き離した3位だったので、ちょっと守りに入っちゃったのかもしれない』『2本目で前の組に滑った任慧が38秒27を出しその時点でトップに躍り出たので意識してしまった』『2本目の最終コーナーの出口で、インコースを走っていた李が視界に入った瞬間にタイムを計算し「やばい、抜かれるかも」と思ったら焦りが出た。膝が立ってしまい、気持ちだけ先に行ってしまったんです』(Number 648)。これらのコメントから彼女の場合、0.05秒の明暗を分けたのはメンタルの差だったと言えるかもしれない。

さて、話を戻すと、パフォーマンスの出来不出来を競う勝負のかかった場面では、結果に対して選手や監督はおそらく一番インパクトのあった要素を持ち出してそれが勝因である、敗因であると言うものであろう。しかし実際は、パフォーマンスにおいては、心技体は常に切り離せないものである。「メンタルの強さ」(これに対する定義も人それぞれだと思うが)というのは勝負を分ける大切な要素であることは間違いないが、あくまで要素のひとつである。もちろん勝負のレベルによってメンタルが占める比重というのは変わってくるわけだが、自分のパフォーマンスを振り返る時は常にメンタルと同様に、フィジカル、技術も当然ながら、慎重に分析する必要がある。

17 comments:

てつかず said...

メンタルがあくまで要素の一つという意見、その通りだと思います。 技術、体力で互角か、それに近い実力をもって初めてメンタルの勝負が出来るのかなと思います。

アテネオリンピックで金メダルをとった体操男子団体の水鳥選手が、自分の吊り輪の演技のとき、演技に入った瞬間から周りが真っ白になり、何も聞こえなくなったと言ってました。 最後の演技、鉄棒でもトップのルーマニアの選手が失敗する中で、日本の選手は全員ノーミスで逆転の金メダルを勝ち取ったわけですが、ああいう状況の中でどのように自分の力を出し切る精神状態を作れたのか、とても興味があります。

ところでこの話、TBSの『アスリート応援TV ニッポン!チャx3』って番組でみたんですが、アメリカでも見られますか? あまり勉強の参考にはならないかもしれないですが、もし興味があれば定期的に送りますよ。

T said...

やっぱサッカーが好きなんで、サッカーについて。
戦術がどうのとかよりも、今回は見てそうって思わせてくれる雰囲気を感じれなかった(伝わってこなかった?)。良かった時間帯と言えば、オーストラリアに逆転されて、思い出したように攻め始めた当たりかな。それと、ロナウドに前半終了間際に点を取られるまでの45分かな。

チーム全体の心理ってやっぱあるのかな~??ゲームの流れってのは実際あるとおもうし、それを造ってるのはチーム全体がなぜか上手く機能して、動きにハーモニーがある時間帯。あれって、どうして起こるんだろう??けっこう、素朴な疑問。

オーストリア戦。
僕的には、”安心・安堵”と”遠慮”が心理的な敗因かなと。
まず、ワールドカップという、もの凄いプレッシャーがあって、初戦に”勝たないと”っていう、どこか脅迫観念が底辺にあるけど、集中力はかなり高かったと思う。で、”待望”の先制点が取れた。よかった~って、プレッシャーから少し開放されたはず。だから、そこまで、点取らなきゃってアタックしてたのに、”安心・安堵”して攻撃よりも守備意識が強くなったんちゃうかな。
ま、後は悪循環。ボールをキープできないから、押し上げられない。パスミスするから、押し上げられない。ロングボールをむやみに入れて取られるから、攻撃の時間が極端に短い。
そう、このロングボールが曲者。僕は川口がポンポン、ロングボールを蹴り続けたのには、イライラした。押し上げの意味でのロングボールってのは分かるけど、空中に浮いたボールってのは、自分のボールになるチャンスが50%。つまり、せっかく100%自分らのボールを50%の確立で相手に上げてしまうチャンスがあるってこと。といっても、ボールをキープできない選手達にトスして、自陣で取られた方が危険か。キープ力が無いって悲しいな。でも、最近のキーパーは、あんまりバシバシ蹴りまくんない気がする。

おっと、話がズレてしまった。

”遠慮”って言ったのは、先取点が明らかに高原のキーパーチャージだったけど、審判が見逃してくれたったってこと。
日本人は基本的に正直だからね。どっか、悪いなとか、もう一点ちゃんとした形で取んないとなみたいな、感じがあった気がする。

結果には何かしら原因があるはず。日本は技量はあると思う。でもそれを存分に効果的に発揮できなかった何か原因があるんだと思う。

長くなりました。

Tetsuo said...

↑は僕っス

chihiro said...

私も、メンタルはあくまで他(技術、体力)が互角であって勝負にかかわるという見方、そうだと思います。
もちろん、「そのレベルの技術」に達するまでに必要なほうの「メンタル」とは別で「そこに達してる」人が本番で本当の力を発揮できるかどうか、のほうの話でのメンタルの話だけれど。精神力がなければある一定のレベルに達するための訓練にも耐えられないでしょう。

(パリ)オペラ座のダンサーは本番に強くって、って中の外国人ダンサーが言ってました。10歳足らずから学校で年中ある踊りの試験に舞台、これらで鍛えられるのでしょうか。そうなると本番に強いこと(メンタル)もある程度教育で勝ち取れるものですよね。本番であがってしまったというアスリートの話、それがよく言う「経験が足りなかった」、ということなのかしら。

こういう研究を貴サンはしてたのか。
面白いね。奥が深い。
素人ですがたまに書き込ませてネ。

379 said...

ブログ開設おめでとう。相変わらず研究頑張ってるようですね。"メンタル"というテーマには興味あるのでちょくちょく寄らせてもらいます。

青木功のコメントと貴やんがソコに注目したことにとても共感。巷(特にスポーツ解説)でよく聞く著名人のコメントなんて大半が都合良く、反論のされにくい無難な後講釈の類だと感じてます。

これからも楽しみにしてます。

SAIPAN said...

身近にブログとやらをやる人が現れるとは思ってませんでしたが・・・、面白いね。

最近はどうやったら「全力で走る」ということができるんだっけ、などと原始的な疑問が先に来て、メンタルなど考えることが無くなってましたが・・・。

しかしこの間久々に考えたのは「なぜ勝負強い、勝負弱いが生じるか」。まったく同じように打席に立っているつもりでも、大概の人は「チャンスの方が率が良い」、もしくは「走者なしの方が率が良い」のどちらかの傾向が出てしまう。未だにさっぱり分からないね・・・。

「勝負弱い」人間がメンタルが弱いと言うことはできるかもしれないけど、ではなぜ「勝負強い」人間は逆にチャンスでないと結果が出せないのか?

などと考えてみたりして。トータルで見たら、結局率的には両者とも同じだったりするのに。

また試合が近づいたら考えることにしよう。

said...

>てつかずさん
投稿ありがとう!アテネの体操の話、自分はNHK特集だったかを見たんだけど、一番気に入ったエピソードは、団体戦前の監督が選手達に言った話。団体戦は各種目にそれぞれ2人ずつ選ばれて競うから、選手によっては1種目しか出ない人とかも出てきたんだって。でも、監督がそういうあまり出番のない選手達を呼んで言ったことは、各種目前に2人がウォーミングアップをするときには、「オレ出ないから」というのではなく、みんなで同じようにウォーミングアップをしてほしい、と。つまり「チーム」で戦うということを強調したかったんだと思う。
ちなみに、日本の番組はウチでは全く見れないので、送ってもらえたらホント助かります。

>tetsuo
コメントありがとう。tetsuoの言う通り、もちろん3試合に渡って四六時中悪かったわけじゃないよね。ただ、例えば初戦のプレッシャーは相手も一緒だったわけだし、リードした後に守備に力を入れるのも戦術的に珍しいわけじゃないよね。オレも「こうすりゃ良かったのに」ってことは言えないんだけど、チーム全体の心理は当然あると思う。例えば誰かの1つのミスで、他の1人がイライラしたりして集中力を欠いて本来の動きが出来なくなったら、それを見た他の選手がまた不安になったり、イライラしたりして、またその選手も集中力を欠いて、って連鎖反応を起こす可能性はあるよね。

>chihiroちゃん
書き込みありがとう。バレリーナからの書き込み大歓迎です。もしオペラ座のダンサーのエピソードで面白いものがあったらどんどん書き込んで!本番の強さは性格によるものもあるけど、教育やアプローチの仕方で大いに手に入れられるものだと思うよ。

>379
。。。この投稿は元メキシカンからかな???青木功のコメントはホントに地に足着いたコメントだと思う。「あとはメンタル、メンタル」って言う人の中には、きっちり現状分析できてるのかなーって思う人、いるからね。

>saipanさん
相変わらずこの名前は健在なんだなー。ところで、全力で走るって話。自分もたまに走ったりするけどジョグくらいだったり、極たまにダッシュとかやろうにも、いきなり全力でも何だからっていつも7分とかで走ってたらいつのまにか全力疾走出来なくなったような気がする。それでも、ツーベースとか、ホームに返ってくる時とかは全力で走ってるような気がしてるんだけど、一体どれくらいのスピードが出ているのか不明。
ちなみに、チャンスとそうでない時のバッティングの差は、きっとメンタルのアプローチに差があるんだと思うよ。チャンスでないと打てない人は、普段打てたらもっと素晴らしい記録を残せるわけだから、その選手もある意味メンタルに問題があると言えるかも。例えば、チャンスでない時は狙い球についてごちゃごちゃ考えちゃったり、リラックスしすぎて集中力が散漫だったり、でもチャンスの時はきっちりボールに集中できてたりって何かしらの違いがあるんだと思う。昔、清原のインタビューで、松井はどんなに点差が開いてて、相手ピッチャーが2、3流であってもきっちり自分のバッティングをしてホームランを打ってくる。だからタイトルが獲れるんだろうな。でもオレはそんな状況では燃えてこない、とか集中できないとか何て言ったか忘れたけど、そんなようなことを言ってた。清原の言う通り、タイトルを獲るには、いかに格下の相手から確実にホームランを打てるかって、大切なことだよね。そういう意味で清原の場合はチャンスの時と同じようなメンタルのアプローチを日頃から出来るように、メンタルトレーニングをする必要があるんじゃないかな。

ジェフ・マント said...

ブログ開設おめでとう。ちょくちょくみさせてもらいます。
ところでメンタルの話。俺が思うに日本人(俺も含む)てあるものがはやると「それが全て(貴が言うように万能)」的な風潮があるような気がする。メンタルトレーニングが進んでいるそっちはどんな位置付けなの?
自分の経験から言うと、メンタルは自己のパフォーマンスを最大限に引き出すツールの一つだと思う。だから、勝負を決する要因とは考えたくない。
スポーツの勝負はそれぞれのパフォーマンスの優劣であると思いたい。
メンタルの弱い俺とメンタルのめちゃくちゃ強い俺の2歳の息子で勝負をしたらやっぱり俺が勝つし。
ところでサッカー日本代表の記事で面白いものが。ブラジル戦終了後、中田は観客に挨拶にいけないほど疲労しきっていたという。果たして他の代表選手の何人が彼ほど走っていただろうか?という記事。
日本人には古くから大和魂というスピリッツがあるが、今の日本人にどれほどこのスピリッツがあるだろうか?
今の日本では、小学校の運動会で順位もつけない。そんなことで勝負事ができるのだろうか?
将来の日本代表がとっても心配・・・

Tom said...

素晴らしいご意見がたくさん寄せられていて、書くことがあまり思い浮かびません。
ただ確かに、安易にメンタルに全てを求めるというのは危険な気がします。何事もバランスが大切で、「心・技・体」のどれが欠けていてもトップクラスでの活躍は難しい(個人的には、「心・技・体」という分類に縛られることにも疑問が残りますが)。
これらの要素は密接に結びついていて、シナジー(協働・相乗)効果をもたらす。メンタルは、「技・体」の能力をひき出すとともに、chihiroさんのおっしゃる通り、全ての始まりでもあるような気がします。そもそもスポーツを行うモチベーションや目標を設定しなければ、トレーニングを行おうとなんかしませんから。

said...

>マント
書き込みありがとう!今の日本でどれだけの人がこの名前を覚えてるんだろうな。ところで、中田はこの大会を通じてずっと「走る」というサッカーの基本姿勢の大切さを強調していたと思う。彼のHPを見てもそれがわかる。その姿勢には共感出来るんだけど、彼のメッセージはいつも何故チームに浸透しないんだろうか。いつも苦言を呈している割には、彼が納得するようなチームにはなっていないんだよね。彼の去就はどうなるのか知らないけど、ぜひ2010年まで続けてほしい。そしてチームに影響力のある真のリーダーシップを身につけてほしいなって思います。
大和魂については、オレも持ってないよ。武士道の本読んだことあるけど、あれ生半可じゃないよ。ある面持っていたいとは思うけどね。ところで小学校の運動会の話って本当なの?あれはでっち上げだって聞いたことあるんだけど。でももし本当だとしたらびっくりだよな。頑張った人間を評価することより、敗者をいたわる方を優先させるってことだもんね。そりゃ小学生のうちから勝ち負けの世界に放り込むのはどうかと思うけど、運動会なんて1年に1回だけのイベントじゃんな。毎日やるわけじゃないんだし。それを否定するんだったら、他の科目で成績の優劣つけるのもおかしいし、受験も成り立たなくなるよな。だから運動会で活躍できない子が他のイベントで活躍できるような仕組みを作ればいいんじゃないの?そのために学芸会とか音楽会とかあるんじゃないのかな。何か妙な平等主義に犯されているような気がするんだよね。平等であるべきなのは機会であって、結果まで横並びにするべきだって言うんだったら、誰も努力しなくなるよ。

>Tom
Tomの言う通り、メンタルはその競技における技術や体力を最大限発揮するためのもの。だからメンタルが原因で負けることはあり得るけど、メンタルだけが要因で勝つということはあり得ない。でもスポーツに取り組む姿勢という根本的なところはメンタルとは切り離せないと思う。これが原因でどれだけの選手が素質を無駄にしていることかって考えれば、メンタルの大切さがわかるよね。

>てつかずさん
アテネの体操の話、少し思い当たる話もあるのでいずれ書いてみたいと思います。

chihiro said...

>平等であるべきなのは機会であって、結果まで横並びにするべきだって言うんだったら、誰も努力しなくなるよ。

まったく同感。最近の教育は平等主義の意味をはきちがえていると思う。
運動会では活躍できない子が学芸会や音楽界で活躍すればいいって見方、考えたこともなかったけど、まさに自分が運動オンチだったけど音楽は得意でいろいろ目立つことさせてもらえてたし、うまく機能してたんだ!いつも運動会ばかりじゃ学校で気がひけて今の性格にならなかったかも。
このブログ、議論がいろいろな方向に発展して面白いことになりそうだね。

てつかず said...

>このブログ、議論がいろいろな方向に発展して面白いことになりそうだね

っていうことで、調子に乗ってメンタルとあまり関係ない意見を続けちゃいます。

うちの子供を転園させてまで入れたスポーツ幼児園は、逆にスポーツではとことんナンバーワンを目指させる教育でした。 運動会のダンスでSMAPの『世界に一つだけの花』を使わせなかったくらいですから。ここに通ったおかげで子供はずいぶん負けず嫌いに育っています。体が小さい分、気持ちだけは負けてはいけないと思うので、とてもよかったと思っています。今通っている小学校もしっかり順位をつけてます。 やっぱり運動会って言ったらリレーが一番盛り上がりますからね。 

で、平等主義の意味の履き違えって話ついでですが、日本では今、消費税率引き上げの反対意見を抑えるために、所得税の最高税率の引き上げを先行させる議論が出てきているようです。 今でさえ所得税、住民税あわせた最高税率は50%。 その上高額所得者は一般家庭が受けられる幼稚園の補助金等は所得制限があるため受けられません。

こんな『出る杭は打たれる』社会では、メンタルの問題以前にスーパースターの出現を望むのは無理なんだろうなぁと私は思ってしまうんですが、どうなんでしょうか...

matsu said...

スマン、スマン、出遅れちまった。ふと気付いたら凄い書き込みがいっぱいあってビックリ。みなさま、何卒よろしくお願いいたします。

昔巨人にいた西山、岡島、石毛とか、あの辺の速球派ノーコン投手陣(笑)。彼らってさあ、メンタルが弱い人達の代名詞みたいに言われてたじゃん。メンタル強ければいい投手なのにみたいな感じで。でもさあ、単にフォームが悪いだけじゃないのって思わない?投げ方変えて、いいフォームになれば、楽にストライクが取れるようになるので、自信を持って、余裕を持って投げることが出来るようになる。斎藤雅樹ってまさにそのパターン。彼も元速球派ノーコン投手陣の一味だったのが、フォームを変えていつのまにか日本を代表するエースになっちゃった。つまり、技術が先か、メンタルが先か、みたいな話になると、まずはヘタクソはどう考えて技術が先なんだろうなと思う。

ちなみに競技意欲とか、目標設定とか、自己管理とか、そんな意味でのメンタルはこの議論の対象外。メンタルの定義を明確にした上で議論しないと論点が飛んじゃいそうね。

matsu said...

確か長谷川滋利が、「メントレは120%の能力を生むような魔法じゃない。自分の能力を100%発揮するための手段にすぎない。」って言ってた気がする。

対戦相手等との相対評価でメンタルの重要性を考えるとややこしくなるから、自分の能力をちゃんと出し切れたか?っていう絶対評価で考えれば分かりやすいなって思う。

水泳大会で入賞しなくても自己ベストを出せばそれは成功に値するし、マイケルジョーダンがメジャーに上がれなくても、自分のしょぼい能力を全部出し切れていたならば、メンタル的には強かったとなる?ちょっと対戦型スポーツだと絶対評価って難しいところだけどね。

said...

>Chihiroちゃん
あ、早速ここにいた!運動会では目立てなかったけど、音楽会で活躍できた子が 笑。でも冗談抜きで、人間誰でも向き不向きがあるんだし、自分の特性を知るためにもある程度現実にさらされなければいけないよね。でも、結果が全てではないし、もっと言えば小学生の潜在能力なんて大人にだって計りきれない。だからこそ、目標を持つことやプロセスや努力が大切であることを教えなければいけない。結果という現実を受け入れることの大切さを教える一方できっちりフォローをして、プロセスにも目を向けることで、子供が希望を抱けるようにする、こういうことが大人の役目なんじゃないかな。努力をする機会は誰にでも平等にあるんだ、と。単に競争に敗れる危険性を回避する環境を作るだけじゃ、いずれ壁にぶち当たる。受験に落ちて立ち直れないような大人になってしまったら、それこそ取り返しがつかないと思うけどね。

>てつかずさん
またまた興味深い書き込みありがとう。まず最初のスポーツ幼児園の話、これまたいずれ書こうと思っているtalent developmentという分野でもう少し掘り下げたいと思います。「いずれ、いずれ」ばかりでいっこうに進まなくてごめんね。今週の木曜日に夏授業の期末テストがあるので、それ以降必ずアップします。

次に『出る杭は打たれる』の話。例えばアメリカ社会を見てスポーツ選手や芸能人がウン十億も稼ぐ一方で、時給5ドルくらいで魚の死んだような目をして働いている人たちを見ると(もちろんみんながみんなじゃないけど)この国の富の分配はこれでいいんだろうかって思う時がある。でも、だからと言って、てつかずさんの言う通り、ずば抜けた才能があって、ずば抜けた努力をした人が、「みんなと同じくらい」まで待遇を下げられちゃーたまらないよね。じゃあアメリカが本当に機会均等かと言えばそれはそうとは言い切れないけど、少なくともチャンスは転がっているよね。そして何よりチャンスをモノにした人は認められて、称えられるという土壌もある(もちろん日本にもあるけど)。日本の文化は国全体の安定感は得られるけど(これはこれでありがたい)、履き違えた平等主義を声高に叫ぶ人の中には、努力するという誰にでも「平等に」与えられているチャンスをすでに放棄している人もいるんじゃないかって気もするけど。

>matsu
待ちくたびれたよ 笑!斉藤雅樹の例、ホントその通りだよ。彼も一時はノミの心臓なんて言われてたけど、20勝してたころには誰もそんなこと言われなくなった。同じ人間なのに。マスコミはともかく、監督やコーチはメンタルもさることながら、本人の技術面の問題点はきっちり解決しているのか?ということをまずしっかり見極めないといけないよね。それに、「自己ベスト」を出そうという環境づくりも必要だよね。まあ、matsuの言う通り対戦型競技はどうしても、相手との勝ち負けが出てくるから、なかなか難しいけどね。でも逆にそれがコーチの手腕と言えるだろうね。
それとメンタルの定義。これはまさに次のテーマにしようと考えてたところ。っていうことで、(試験が終わる)木曜日以降に、乞うご期待 笑 

satofumi said...

遅ればせながらコメントさせていただきます。
私が以前勉強したNLPではパフォーマンスの公式は「セルフイメージの高さ×スキル」であらわされる、ということでした。

まさにそうだと思います。もう議論がだいぶ進んでしまっているなかでのコメントで恐縮ですが(笑)、高いパフォーマンスを生むためには両者ともに重要であり、どちらかだけでも限界がある、ということでした。

おそらく「メンタル」を重要視され始めたのは最近のことで、それまではスキルの方が注目されており、それをいかにあげるか、というレベルだったのでは。

実際スキルを向上させてもパフォーマンスに限界があることに気づいた人が「メンタルも重要かも」といい始め、そちらの議論が声高に言われているだけなのではないかと思います。その声高に言われている前提にはスキルありき、だったのではないかと。

だからやっぱり両方必要なんでしょうね。

ちなみにNLPとは神経言語プログラミングの略でコミュニケーション能力を飛躍的に向上させるのと、活躍するステージを変えるために必要な信念を身につけるためのものなんだって。

イチローも注目しているらしい。

said...

>satofumi
コメントありがとう。以前もNLP紹介してくれたよね。そのときレスしたかどうか覚えていないんだけど、スポーツ心理学もアプローチは似てると思う。基本的にはメンタルトレーニングってのは、いかにメンタル的にいいパターン、習慣を身につけるかということ。自分が成し遂げたいというヴィジョンを描く。自分を知る、つまり自分の心理的傾向を知る。自分をコントロールすること、などなど。成功者とそうでない人の違いの一つは、まずスタートから自分の成功をいかに鮮明に、具体的に思い描けるかというところだと思う。これって意外と出来ない人多いんじゃないかな。ちなみにオレにとって、すでに一流と呼ばれる人が、5年10年スポーツに取り組んでいる中で、どうやって次のヴィジョンを作り出していくのかがとても興味ある。「もうそろそろいいかな」とか、「新しいイメージがわかない」ということがないよね、イチローとかも。そのへんが実は成功出来ない人との一番の違いなんじゃないかって思ってる。