Friday, July 14, 2006

アスリートと人間的成長

前回はスポーツにおける成功とは?という議論から何となく人生全般における話へと発展していきましたが、今回も少しその流れに乗っていきます。最初に、「スポーツ心理学ハンドブック (上田雅夫 実務教育出版)」から、一つ題材を紹介します。これはもともとオーストラリアのスポーツ心理学のワークショップで使われたものとのことです。原文を手に入れようと問い合わせたのですが、ちょっと難しそうなので訳文をちょっと要約してみたいと思います。

「The mature professional athlete」

スポーツにおいて成功を収めることは、人生において他の事柄で成功を収めることと極めてよく似ています。成功を収める人は「成熟」と呼ばれる態度を持っています。普通は年齢とともに、経験を積んで、成熟度は増していきますが、必ずしも経験=精神的な成熟とは限りません。最初のステップは「成熟」がどれだけ重大な意味を持つかを理解することです。成熟した人間が持つ態度や行動は、スポーツに限らず、人生のあらゆる場面で活かすことが出来るはずです。その成熟した人間が持っている特徴とは次のようなものです。

1. 責任
成熟したアスリートは、彼ら自身が意思決定の際に「選択権」を持っているということを認識しています。意思決定を他人に任せてしまったり、他人のサポートに依存しすぎてしまっている人は、もし自分の望んでいない結果が出てしまった時に、他人の責任にしがちです。成熟したアスリートは、自分で意思決定を行い、目標を設定し、目標達成に向けて努力をし、そして次の目標へのモチベーションを高めていきます。つまり、自分の人生を自分でコントロールしているのです。もちろん、彼らも他人から学ぼうという姿勢は持っていますが、最終決定は彼ら自身で下すのです。
次に、成熟したアスリートは自分自身の強みと弱みについて責任を持っています。自分の強みと弱みを受け入れて、弱点を克服し、強みをさらに伸ばすべく努力を続けることです。彼らは自分で超えられる限界と、そうでない限界を区別しています。

2. 気づきと受諾
自分の強みと弱みを受け入れるためには、まず自分自身を冷静に観察することが必要です。成熟したアスリートは自分自身を良く理解しています。世の中の人間は十人十色で、ものの見方は人それぞれです。自分自身を知るためには、まず自分がどのように物事を見ているのか、どのように認識しているのかを理解する必要があります。そして、それは他人とは異なる、自分自身の物の見方だということを受け入れる必要があります。成熟したアスリートは自分を他人に似せたいとは思わないし、自分を他人と比較するようなことに時間を浪費しません。彼らは自分自身をありのままに受け入れ、自分自身の能力を最大限まで高めるよう努力します。

3. 現実性と合理性
自分自身を受け入れるためには、現実的に、客観的に、そして合理的に自分自身を、または自分の周りのことを見つめる必要があります。短期間の目標設定を行い、自分のパフォーマンスと比較できる基準を持つと、より現実との対比が出来るようになります。よりよいパフォーマンスをもたらす要因をリストアップしておくのもいい方法です。こうしたことによって、自分のパフォーマンスを客観的、現実的に評価することが出来ます。
また「成熟」さを表すものに、合理的な物の考え方を挙げることが出来ます。合理的な物の考え方とは、現実的で肯定的に物事をとらえ、自分の目標に向かって邁進する役割を果たします。それはプレッシャーのかかる場面でも、自分の気持ちのバランスを保つのに役立ちます。合理的な信念の例としては、「自分の能力を最大限発揮するために頑張ろう」などが挙げられます。
一方、非合理的な物の考え方は、否定的で、目標に向かう行動を阻害します。それは、例えば「完璧でありたい」というようなものです。アスリートとして可能な限り自分を高めることは重要なことですが、完璧でいるということは果たして可能でしょうか?このようなアプローチは、自分をただプレッシャーの中に放り込んでしまうだけです。このような、否定的で、非生産的で、挫折の危険性を伴う非合理的な考え方を自分自身で見つけ出し、それらを自分で合理的で生産的な考え方に置き換えられるようにしましょう。

4. 自己管理
1日の中で、アスリートはトレーニング、仕事、家庭など多くのことに時間を割かなければいけません。これらのことをうまく処理するためには、時間やエネルギーの配分をうまく割り振る必要があります。そのためには、計画を立て、優先順位を決め、その計画を実行に移します。そして、1日の終わりに、それらがうまく行われたかどうかを確認しましょう。若いうちは家族や周りの大人が、いろいろと助けてくれたかもしれませんが、もし自分が成功したいと思うのであれば、自分自身で目標を定め、優先順位を決め、実行する癖をつけなければいけません。

5. 粘り、忍耐
成功への道は長く、険しく、そして多くの障害が立ちはだかります。それはケガであったり、スランプであったり、グランド外で起こることかもしれません。いつもコンスタントに進歩できるとは限りません。物事が前進することもあれば、後退することもあるでしょう。成功を収めるアスリートは、この後退現象は自分の努力や周りのサポートを得て、克服可能であることを学んでいます。例えば、今まで立ち向かってきた自分のパフォーマンスに障害となる物、そしてそれらをうまく処理したことをリストアップしてみましょう。このアプローチは自分が後退現象をうまく処理する能力があること、改善する方法を知っているということを気がつかせてくれるでしょう。

さて、以上ざっとまとめてみましたが、どうだったでしょうか?「成熟」とか言われるとあまりピンと来ない人もいるかもしれませんが、前回のディスカッションでちらほら出てきた「人間的成長」とか、「心を磨く」といった、割と広く捉えられがちな表現も今回の5項目で少し具体的に見えてきた人もいるのではないでしょうか。自分としては自己認識、自己責任、自己管理あたりがキーワードになってくる気がします。もちろんどれが正しくて、どれが正しくないという部類の議論ではありません。みなさんが各々の価値観、人生観に基づいて、「人間的成長」に必要なものは何かっていうことを考えていただければいいと思います。さて、みなさんはパフォーマンスの向上につながる人間的成長とか成熟と聞いて、どんな性質、行動、態度を思い浮かべますか?

10 comments:

SAIPAN said...

何か、大学時代「上手くなりたい」と「結果を出したい」が自分の中で両立しなくて悩んでた頃を思い出すな・・・。目の前の結果を出すには今までのスタイルでやる方が確率は高いけど、今までのやり方ではこれ以上上達しないことが分かっている。じゃあどうすればいいのか?なんてね。
一流の選手はこれがちゃんと一致するんじゃないか、と思う。自分を高めることが結果を出すことにつながり、自分が結果を出すことがチームの勝利にもつながる。これが自分の中で描けていれば、努力の仕方にも迷いが無いのではないかと。素振りすればするほど打てなくなる、というのはよくあることだけど、これは自分だけの世界でできてしまう素振りと実際の試合で求められるスイングがかけ離れているから生じてしまうことだと思う。
何事においてもそうだけど、特にスポーツは練習すればするほど上手くなる、という訳にはいかない。本当に自分の能力を高める練習をするためには、正しい心が必要なのだと思う。その心を身につけるためには、やっぱり広い視野や色々な経験が必要なのだな、と最近ようやく思うようになりました。
この間の試合で、野球人生結構長いですが多分初めて、芯食った打球が右中間に飛びました。何故かは良く分からないけど、多分人生色々経験したからだろうと自分を納得させている次第。

said...

>素振りすればするほど打てなくなる
よくあったなぁ。「何で昨日いい感じで素振りできてたのに、打てねぇんだ!?」って自分に腹が立ってたこと。

>努力の仕方
>本当に自分の能力を高める練習
これなんだよね、本当のところ。一流の選手は自分に何が必要で、どんな練習をしたらいいのかってのがよくわかっている気がする。自分の場合はほ本当の意味での自己認識→受諾が甘かったような気がする。長所と短所、特に短所を受け入れるってなかなか出来なかったが為に余計なことに神経を使ってた気がする。法政大学の山中元監督は「実にならない努力は意味がない。」って言ってたらしいよ。さすが歴戦の将だね。
ただ自分の印象としては、一流の選手ほどそれまでの業績に甘んじず、新しいチャレンジをすべく試行錯誤しているような気がするけどな。一時的に結果が出なくても、おうおうにして最終的に結果を出してしまうのであまり彼らの苦悩にスポットが当たらないだけかもしれないけど。イチローにしてもバッティングはその時その時で少しずつ変わっていくものだって言ってるし、7年連続で首位打者を取っていた日本の時も、途中の何年かは自分のバッティングが見失っていた状況で非常に苦しかったっていうことを言ってた。それは結果は出てたけど、イチローが自分のバッティングをしっかり自分で観察するという習慣が出来てて、なおかつ自分で自分のバッティング全てに責任を持っていたという姿勢が逆に自分を苦しくさせたのかもしれない。でも、そういう時期を乗り越えて、また新しい境地に達するんだろうね。saipanさんも、今回の右中間のバッティングを、今後どういうアプローチで自分のものにしていくかってことを考えていったら、また新しい境地に達することが出来るんじゃない?

matsu said...

毎度、深~いテーマのネタ振りありがとう(苦笑)。コメントが難しいなぁ。

自分のガキを見ていて思うけど、人間って欲深く利己的でわがまま、言い訳ばかり、責任転嫁しまくり、元来そんな生き物なんだと思う。中田は立派だとか、松井は立派だとか、まるで生まれつき奴らが仙人みたいな性格だったんじゃねえかって、つい勘違いをしてしまうけど、そうじゃなくて、彼らと俺の違いってのは、ほぼ同じスタート地点だったにも関わらず、その後の20年間くらいで、毎日どんなことを考え、そして実践してきたか、その積み重ねが結果として現れているにすぎないんじゃないかって思える。

じゃ何が違うのよ?確かに自己認識、自己責任、自己管理、おっしゃる通り。たぶん全然レベルが違う。じゃ、それって何故?そう考えると、前回の議論じゃないけど、「競技目的は?」とか、「成功とは?」とか、「生きる目的は?」とか、そんな根本的な問いに立ち返らざる得ないんだよね。

最近は宗教じみてるけど仏教に興味があって、仏教ってのは輪廻転生の思想があるから、別に自分は現世だけのモンじゃなく、前世もあり、あの世もあり、常に精神性を進化させ続けることが大事(生きる目的)って言ってる。つまり現世での地位や名誉っていう結果はちっぽけな存在であって、例えば甲子園を目指すこと(そして本当に甲子園に出ること)は、長~い輪廻転生のサイクルの中では精神性を高めるための手段にすぎないわけ。そこで結果を残して「ああ良かった」とかで終わる人間じゃお釈迦様的にはアウト。お釈迦様的には、競技目的は「野球を通じて魂を磨き、メンタリティを次のステージへ昇華すること」なのよね。ま、ちょっとオカルトチックで危ない?(笑)江原氏の本読んだばっかだし。。。輪廻転生の話はさておき、いわゆる一流と呼ばれる人たちの話を聞いてると、ある意味悟り(仏教でいう智慧)の境地みたいなものを感じるのよね。俺の心には、まだまだ結果を出していい格好したいみたいな名誉欲がはびこってるし、そんな意味では未成熟。。。だから自己管理中途半端、自己責任中途半端、もっと成長しなきゃいかんとすごく思うわけ。ふたたび抽象論ですまんがそんな感じ。

matsu said...

全然主題から逸れるけど、2浪時代にブライアントの真似して素振りを続けてイメージばっちりだったのに、大学の野球部入って2年ぶりのティーやったら、5球連続で空振りし、6球目から高3の時のフォームに戻したのを思い出したわ。素振りは、実弾を撃ちながら並行してやりましょう!

said...

>毎日どんなことを考え、そして実践してきたか、その積み重ねが結果として現れているにすぎないんじゃないかって思える

メンタルの話ってのは、思考、認知、感情などのいい習慣を身につけて、行動や態度に反映させる訓練のようなものだと思う。そういう意味ではメンタルトレーニングのみならず、教育、環境ってのはとても大切な要素だと思う。簡単に言えば周りに親切な人がたくさんいて自分が親切にされてたら、自然と自分も他人に親切にしようという気持ちが芽生えるように、いい指導者や仲間に恵まれればそれだけで、その人の行動や態度に好影響を与えるものだと思う。
matsuの言う通り、イチローや松井にしたって生まれながらにして、素晴らしいメンタリティや精神力を持っていたかどうかはわからない。ただ彼らは野球人生を通じて、いいサイクルを身につけたんじゃないかと思う。試行錯誤→決断→実施→結果→評価という流れを若いうちから繰り返して、自立や自己責任という姿勢を身につけていったのではないかと思う。または周りに彼らがうまく自立出来るようサポート出来る人がいたんだと思う。オレが思うに、サポートをする側として出来ることというのは、「試行錯誤」のところでのアドバイスと、「評価」。「決断」や「実施」でとやかく言い過ぎると、自立や自己責任、自主性を阻害しかねない。『評価」というのは、成功、失敗という結果についての評価ももちろんだけど、その原因、理由の分析も含む。例えば、選手がせっかく練習の成果が出てヒットを打ったとしても、監督が「今のはたまたまだ、もっと練習しろ」と言ってしまえば若い選手は自信をつける機会を逃しかねない。スポーツに限らず自分達の身近な例を思い起こせばいいと思うんだけど、自己責任のもとでやって成果を得られたことって本当の自信につながるし、次へのモチベーションも高まるよね。小さい子供を例にすれば、ある程度何か出来るようになったら、子供って自分でやりたがるでしょ。手伝おうとすると嫌がる。で、自分でうまくやれたらほめれらたがる。そうすることで、自信がついて、モチベーションも高まる。一流選手はこういうサイクルをずっと繰り返して、より強い自信を獲得して、自己認識とか自己管理といった部分により強い意識が行くようになったんじゃないだろうか。
何か一流選手をつかまえて、凄い、凄いとほめ称えてるだけの論調に聞こえるかもしれないけど、ここで意図してることはそうではなくて、例えばイチローのようなパフォーマンスをしたいっていうのは誰でも出来るというようなことではないけれど、イチローのようなメンタルを持つためには、マネできる部分はたくさんあるんじゃないかってことに気がついてもらえたら、こちらの本望です。

えいいち said...

昨日大会で負け、個人的にも結果だせなくて・・・モヤモヤしてるなかでこのテーマみたけど共感するとこ多いね。春先からここまでいい感じできてたのもあって、実力以上の力をだせそうな気になっちゃって(?)まぁ、気負いすぎてたんだろうなぁ。最初の打席で自分のイメージと現実とのギャップがあまりにも離れてることに気づいてすごいショックだった。もっと自分自身を冷静に観察しないといけないね。実際、結果出した人ってどういう試合になるかわかってて、その中で自分が何ができるかわかってて、それを普段から意識して練習してるから、試合でそれに集中できてるんだと思う。二塁打以上じゃないと新聞載らねぇし・・・なんて考えてちゃダメだよね。

said...

>ええちゃん
コメントありがとう。野球のように一球一球結果が見えてくるスポーツってのは、その都度メンタル面が揺さぶられがちだよね。反面、しっかり自分をコントロール出来れば相手より優位に立てやすいということになるんだろうけどね。

>自分が何ができるかわかってて、それを普段から意識して練習してるから、試合でそれに集中できてるんだと思う

その通りだと思う。言い換えると、自分がコントロール出来るものと出来ないものってのを分かってるんだと思う。だから相手が誰であろうと関係なく、いつも同じようにアプローチ出来る、その結果、余計なことでペースを乱される可能性が減ってくる。コントロール出来るものというのは、例えばプロセスにフォーカスすること。「ヒットを打ちたい!」と考えて打席に立てばいろんなことが頭をよぎる→肝心なことに集中出来なくなる。でも「タイミングを合わせよう」とか「リリースに集中しよう」って意識を持てば、それは相手が誰であろうと、状況がどうであろうと出来ることだよね。そうすることで、集中力を高めることが出来るし、自分を見失う可能性も少なくなるわけよ。春先から調子が良かった原因を分析してみたらどう?どんなことを考えて打席に立ってたか?どんなことにフォーカスしてたか?そういう分析をすることで、今後どうやって打席に向かえばいいのかっていうことのヒントになっていくと思うよ。

satofumi said...

私はビジネスの世界でしかわかりませんが、「成熟」という言葉で思い浮かぶのは責任感と客観的視点です。そして「気づき」。
私の出会った人たちの中で成熟した方たちというのは自分自身を客観的に見ることに優れており、また自分の役割というのが客観的に把握できるので責任感が強い。つまり自分が求められていることがよくわかっている人たちでした。さらに同じものを見てもそこから感じとるもの、理解力・感受性(「気づき」とかいてありましたが)が非常に優れていました。

その方たちを見ていて思うのは、客観的に自分を見られるようにするにも、気づきを増やすのもなにごとも経験なのでは、と思います。いろんな人に会い、いろんなものを見ることで視野が広がるし、さまざまな人たちと話をし、感じたことを知ることで自分にもその観点が身につくと思います。

そして私がもう一つ思ったのは「信念」なのかな、と思いました。何かが起こったときにも信じられる何かをもっている、自分なりの美学を持っている人は、苦しいときにもつらいときにもがんばれるのでは(matsuさんも書かれていましたが)。でもこれは成熟したから身につくものなのか、はたまた先に持っているものなのかどちらが先なのかわかりませんが。

>matsuさんへ
うちの母が「仏教に興味あるなら三島由紀夫の『豊饒の海(全5巻)』読みなさい!」といっています(笑)。
かなり難解な本ですが、、、、。ちなみに私は映画にもなった「春の雪(1巻)」で挫折しました・・・。

said...

>satofumi
ビジネスの社会でもスポーツの社会でも成功する人たちに見られる共通点ってあるよね。このブログでも仕事をしながらスポーツに携わっている人がたくさんいるので、遠慮なくビジネスの話もしてよ。スポーツ心理学はスポーツにとどまる話じゃないので。

>さらに同じものを見てもそこから感じとるもの、理解力・感受性(「気づき」とかいてありましたが)が非常に優れていました。
これは本当に大切なことだと思うんだよね。成功する人にだけ大きなチャンスが訪れているんじゃなくて、誰にでもチャンスってあるんだと思う。で、その小さなチャンスを少しずつモノにしている人が、いずれ大きなチャンスを手にするんじゃないかな。それは感受性にとどまらず、タイミングとかもあるんだと思うんだけど、常にアンテナを高く張っておきたいって思うよね。

>客観的に自分を見られるようにするにも、気づきを増やすのもなにごとも経験なのでは、と思います
そうそう。でもビジネスに比べて比較的時間が限られてるスポーツ、特に学生スポーツなんかでは、どうしても経験するにも限度があるよね。経験って年相応のものもあるし。そうしたときに、指導者や周りの大人達が、「経験」の速度を少しでも上げられるようなアプローチってのが出来れば選手達の成熟度も変わってくるんだろうね。そういうアプローチってどんなアプローチだろうかって考える必要があるよね。

>matsuさん
だそうです。家族総出で参加している微笑ましいブログになってきただろ 笑?

ところで「ウチの母」、遠慮なく書き込みどうぞ。かつては心理学を勉強して、スポーツもやって、その後は仕事もやって子育てもやった、歴戦の強者じゃないですか 笑!

matsu said...

satofumiさん

ご助言頂きながらノーレスですいませんでした。『豊饒の海』を読みなさいというお言葉があまりにリアリティがあったもので、ちょっとびびっちゃいました(笑)。地元の図書館で探したんだけ見つからず、今度書店に行ってみよっかなと。ご紹介ありがとうございました。