Saturday, June 14, 2008

伝統を守るべきか、変化を受け入れるべきか?

引き続いて剣道について。

現在、剣道界が抱えている問題の1つに「剣道のスポーツ化」というのがあります。意外に思われる人もいるかもしれませんが、剣道をやっている方は「剣道は武道であってスポーツではない」という強い思いを持っています。去年の冬、日本で全日本剣道連盟に足を運ぶ機会があったのですが、そこでお会いした先生も、「剣道は心です。剣道は武道であって、勝ち負けだけを競うスポーツではない」ということを強調されていました。ウチの道場の先生方も、そこは常に強調しています。「ストリートファイトのように打ち合うだけのものは剣道ではない」と。一方で、剣道を世界に広めたいという思いからか、オリンピック競技などに普及させたいと思っている方々もいるようです。

「剣道のスポーツ化」を恐れている人の多くは、柔道が直面している事態に陥ることを危惧しています。ご存知の通り、柔道は今や世界に広まっていて、オリンピックでも人気の競技です。ところが、反面、日本古来の柔道の姿というのは影を潜めて来ています。例えば、スポーツの流れで避けられないのは、「試合における勝負の明確化」です。現に柔道は、勝ち負けの判断を簡素化するためにポイント制が導入されています。技が完全に決まらなくても、ある程度決まれば技ありなり、有効なり、効果なりというポイントになり、試合が終わった時点でポイントが多い方が勝てることになります。そうすると、どういうことが起きるかというと、本来の技の形が、ポイントを取るために崩れて来たり、先にポイントを取った方が、防御一辺倒になったり、と柔道本来の、堂々と組み合って技をかける、という理念が崩れてくることになります。また、「魅せる」というのもスポーツの特徴のひとつでしょう。柔道のカラー道着の導入なども、見ている側を考えての変化かもしれません。

柔道は、いまや日本のものだけではなくなっています。もちろん、それは喜ぶべきことです。しかし、競技としての柔道の存在が大きくなればなるほど、日本人が柔道と向き合って来た心の部分、柔道の理念というのは、世界で柔道に取り組んでいる人の間で、完全には忘れ去られないかもしれませんが、徐々に薄まってしまう可能性はあるのかもしれません。日本の柔道関係者の「勝ちたい」でも「柔道誕生の国として、本来の柔道を貫きたい」という葛藤は、想像を絶するところだと思います。

そういえば、日本に帰国している時に、興味深い新聞記事を目にしました。世界で大活躍しているご存知、谷亮子選手についての記事でした。記事の中で、世界で勝ち続けるための秘訣について、彼女自身、「世界で勝つための柔道をすること。日本の選手の中には、『本来』の柔道に固執するあまり、世界で苦戦している選手がいる」とのことでした。これには「なるほど!」と思ったのと同時に、葛藤はなかったのだろうか?とも思いました。しかし、彼女が「世界で勝つ」ことを目標として、全てをその目標達成のために決断し、対応させたことに彼女の強さがあるのかもしれません。

伝統を守るために本来の理念を追求するのも1つの道であり、世界の流れに乗って勝負に徹するというのも1つの決断です。伝統を守りたい全日本剣道連盟の方々が、剣道本来の理念を守るべく行っていることの1つは、審判の育成だそうです。つまり、理想の一本というものを、まず審判が理解していて、その基準に満たない技を審判が取らなければ、選手は自ずと理想の一本に向けて技を磨かざるをえないということです。この教育的アプローチというのは、地道で時間を要することですが、とても大切なことだと思います。つまり、「伝統を守る」、「スポーツ化を防ぐ」といったスローガンを声高に叫ぶだけではなく、具体的にアクションを起こす。まずは、本物の理想的な技を見抜く目を審判に養わせる。そして、各選手が理想の技を身につけるべく、日々の稽古に励む。窮屈に聞こえるかもしれませんが、スポーツであれば、プロフェッショナルから、レクレーションまで、様々なスタンスがあっていいと思いますが、全日本剣道連盟は「剣道はスポーツではない」というスタンスを取っているのですから、「伝統」や「理念」を守るというスタンスを最優先させることは筋が通っていると思います。ただ、初心者の自分が言うのもなんですが、日本における剣道ですら、長い時間をかけて、変化を経て、現在の形になったはずです。「伝統」や「理念」を守るという地道な姿勢を保ちつつ、必要であれば変化を厭わないという形が理想ではないかと思います。

最後に、先日お会いしたM先生が、稽古の後に飲んでいる時に、こうおっしゃってました。「私は、何も多くの人に剣道をやってもらわなくてもいいと思ってるんですよ。本当に剣道を理解して、賛同してくれる人だけがやってくれたらいいと思っています。」このセリフに魅力を感じた自分も、よくも悪くも伝統を重んじる保守的な日本人根性の持ち主なのでしょうか?

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